付加価値のない自動車会

~副題 クルマだらけの間違いづくし~

りんごの皮むきができないキャンピングカー乗りが積み荷もないのにデッキバンを買った話

18年間21万キロ乗ったホンダ・エディックスを手放した。エンジンやトランスミッションなどの機関系は絶好調を維持していたが、細かなところが色々と壊れてきた。まず運転席のドアにあるパワーウインドウの集中スイッチ。ここから助手席のウインドウを開けると元に戻らない。夏場になるとルームミラーが勝手におじぎをして下を向いてしまう。中でも一番困ったのは鍵である。

リモコンキーの電池が切れて電池を交換しようとしたところ、電池蓋のネジが固くて全く動かない。ディーラーが電池を入れ換えた時に思いっきり強く締め込んだようだ。潤滑油スプレーを吹きかけ、極小ドライバーの頭をハンマーで叩き振動を与えた。しばらく放置しても駄目なので、それを何度も繰り返した。

リモコンキーが使えない間は鍵穴にキーを差し込んでドアを開けていた。その内に鍵穴の防塵・防滴シャッターが壊れて開けっ放しになってしまった。開ける時以外は鍵穴をビニールテープで覆ってみたものの、埃が入ってしまったのか内部が錆びてしまったのか原因はよくわからないが、だんだんと鍵が回りづらくなってしまった。数ヵ月が経った頃、潤滑油をかけていたリモコンキーの電池蓋のネジがようやく回った。

リモコンキーが復活したからといって、これで良しとはならない。真夏にはスーパーで買った食品が傷まないようエアコンを付けたまま外から鍵をかけてコンビニに入ることもあるし、真冬になれば、暖気運転中に施錠して部屋に荷物を取りに行くこともある。エディックスには鍵穴が1つしか付いていない。エンジンをかけたまま外から開かなくなったらどーすんだこれ。こんなコストダウンのやり方があるのかと驚く。ミラジーノなんか鍵穴が3つもあるのに。個人的には「VTECなんか要らないから鍵穴付けろよ」と言いたいところだが、あんまりディスるとホンダファンの人達に怒られるのでこの辺にしておく。ということで次の車検を受けるのはやめて乗り替えることにした。

私はもう1台クルマを持っている。スバル・サンバーベースの簡易キャンピングカーだ。エディックスの代わりを買わなくても日常の足には困らない。サンバーには後席も付いているのだが、キャンピングカーなので後席を折り畳み、常時ベッドにしている。平日は家族の下を離れて独り暮らしをしており2シーターでも問題はない。だが、月に数回、3~4名乗車をする日があり、その度にシーツ類を畳み、空気マットを丸め、リアシートを展開するのが面倒くさい。やはりいつでも4人乗れるクルマがあると便利だ。

さあどんなクルマにしようか。自分好みではないミニバンやハッチバック車はもう要らない。昔から好きな3ボックスセダンが最初の候補に挙がった。私のサンバーは3ATで高速走行には向かない。私は毎週末、家族のいる東京と単身で住んでいる茨城県北部とを行き来しており、高速道路を多用する。高速道路を走るにはセダンがよいのではないか。日産・ラティオトヨタ・カローラアクシオなどの1,500cc以下のセダンにしようか。特に、偉そうな顔をした「ラグゼール」がいい。カローラの中の王様だぞ。トヨタ・プレミオ/アリオンもカッコいいじゃないか。私服刑事のクルマっぽいところが刺さる。しかしながら、これらのセダンは女房に却下された。理由は面白くないから。

私にとって「面白いクルマ」といったらアメリカ車しかない。だが新車や高年式車は高くて買えるわけがないし、お金があったとしても新車や最新テクノロジーに興味がないから欲しいとも思わない。そうかといって、私はそれほど古風な人間ではない。富士そばの演歌(あれは社長なのか)や幸楽苑の「エンヤー会津磐梯山は~」より、どちらかといえば、ゆで太郎のJ-POP派である。テールフィン時代のアメリカ車やマッスルカーじゃなきゃ許せないという訳ではないし、V8エンジンにもこだわらない。1980年代~2000年代の丸っこくて小さめのアメリカ車も大好きである。全然関係ない話だけど、カローラクロスとすれ違う度に初代フォード・トーラスの顔を思い浮かべてしまうのは私だけか。

そこで昔から欲しかったクライスラーPTクルーザーにしようと決めた。PTクルーザーには一度乗ったことがある。世田谷にあったクライスラーのディーラーで中古車を試乗させてもらった。それは初期の頃の2リッターエンジンのモデルだった。アイドリング時に「ゴロンゴロン」という振動を感じたので、何なのか営業マンさんに訊ねたところ、バランサーシャフトが付いていないのだという。2000年代になろうというこの時代に、そんなエンジンがあることに驚く。世田谷の裏道を走っているとハンドルの切れ角が小さく小回りが利かない。20代の時に乗っていたクライスラーコルドバとシボレー・インパラを思い出し、「おー、これだ。私が求めていたのは」とワクワクした。でもなぜか営業マンさんはその個体ではなく、しきりに新車を勧めてきた。2リッターの中古車は予算内だったし本当に欲しかったけれども、当時は私の家族4人に加えて、じいじい、ばあばあの6人乗りのニーズがあったため、定員5名のPTクルーザーを諦めざるを得なかった。今は定員6名の縛りはない。念願のPTクルーザーに乗れるのだ。

早速、いつもお世話になっている中古車屋さんに相談してみた。茨城県筑西市にある結城自動車さんというお店だ。社長さんは数ヵ月間、毎日ネットオークションの情報を調べてくれた。だが、希望する仕様の程度のよいものが全然出てこない。最終型でも2009~2010年型だから手放そうとしているエディックスの2006年と古さに大差はない。それにしても、最近PTクルーザーを全く見かけなくなった。カーイベント以外で私が知っているところでは、東京の目黒と、栃木県の那須に停まっている2台だけだ。中古車屋さんの店頭でも目にすることはない。今はアメリカ車専門店とのお付き合いはなく、これから10年~15年乗ることを考えると部品の供給に不安を感じた。アメリカ車専門店から見たら全く問題がないクルマかも知れないが、デイリーユースのファミリーカーとしてちゃんと維持できるのか心配になり断念した。

でもどこか変わったクルマ、面白いクルマに乗りたい。年齢的にこれが最後のクルマになることだってあり得る。次に目を向けたのは光岡自動車。ビュートは人気車種だから、なかなか値が落ちず、手頃な値段のものに絞り込むとかなり古いモデルに限定されてしまう。現行モデルのリューギと新し目のガリューも高値で手が出ない。そもそも往年のジャガー顔やロールスロイス顔はそれほど私の好みではない。もうちょっと薄い顔はないのかと探していたら、リョーガという過去のモデルを見つけた。これはなかなかカッコよかった。

世田谷にある「MITSUOKA 東京ショールーム」さんに程度のよさそうなものが在庫されていたので、長男を連れて見に行った。事前に連絡を入れていた訳ではないのにもかかわらず、快く近隣の倉庫から店頭まで持ってきてくれて、わざわざ洗車までして見せてくださった。それは二代目となるリョーガでアイボリー色の美しいセダンだった。全体的に均整の取れたプロポーションが本当にカッコよかった。乗り出し価格は180万円くらいで、かなり心を動かされた。ただ、私にとっての唯一の難点は年式が古かったこと。ベース車は最終型の日産・サニー(B15型)だそうで、最も新しくても2004年式である。2006年式のエディックスがあちこち壊れてきたから買い替えようとしているのに、もっと古いクルマを選んでしまったら逆行することになる。買った後に機関系の予防整備をあれこれするだろうから出費が嵩みそうということでリョーガも断念。カッコ良かったのに勿体ない。

ビビりな奴がヤングタイマー車を買おうとすると、こんな感じになってしまう。段々と選択肢が少なくなってきた。お次は旧型の三菱・トライトン。新車のトライトンやトヨタ・ハイラックスの方が断然カッコいいのに決まっているが高くて買えない。旧型トライトンはかつて買おうとしていたクルマである。私だけでなくウチの女房もこういった大き目のピックアップトラックが大好きである。旧型トライトンを買わなかったのは、当時住んでいた都心のマンションの立体駐車場に入らなかったから。今は茨城県に住んでいるからトライトンでも問題なく置ける。しかしこれはタマ数が少ない。希少価値のせいなのか、こういうジャンルのクルマに人気が集まっているせいなのかわからないが、2010年くらいのクルマなのに未だに150万円くらいの値が付いている。

旧型トライトンにしようかどうか迷っていたある日のこと、地元のコンビニで買い物をしていたら、オレンジ色のダイハツ・アトレーデッキバンが駐車場に滑り込んできた。純正オプションらしきものを色々と付けていて、アウトドアっぽい仕上がりだった。中から猟友会っぽいおじさんが出てきた。もしかしたら渓流釣りだったかも知れないが。かなり昔からハイゼットデッキバンの存在を知っており、いいなと思っていた。今回オレンジのデッキバンを見て、そのカッコよさに魅了されてしまった。興味のない人から見ればただの軽トラだろう。でも私にはシルバラードやラムと同類のクルマだ。いや、プロポーション的にはコディアックC4500を少し小さくした感じだ。

結城自動車さんにデッキバンの話をしてみたところ、地元の先輩が緑のデッキバンに乗られていて、時々オイル交換をしに来るので間近で見られていた。社長さんご自身がキャンプや釣り、スノボをやる人なので好きなクルマのようだ。「デッキバンいいと思いますよ!」と背中を押してくれたおかげで、ようやく候補車を一つに絞り込むことができた。

オークションで探してもらうにあたって一番の条件は色である。アトレーデッキバンをカスタムしているショップのデモカーを雑誌で見ているせいか、デッキバンのイメージカラーといえば緑ではないかと思う。しかし私は猟友会気味のおじさんに引っ張られてオレンジが気に入ってしまった。

次の条件はどの年式を選ぶか。アトレー/ハイゼットデッキバンは当然すごくカッコいいのだが、新車だと200万円以上の乗り出し価格になるそうだ。今は軽自動車でも200万円超えは当たり前の時代であることを理解しつつ、軽オーナーの方には申し訳ないが、軽に200万円を払う気がしない。ということで一つ前の型のハイゼットデッキバンに絞り込むことにした。それは2004年から2021年まで販売されていた「S321W/331W」という形式のモデルだ。これには前期型と後期型がある。2017年10月にマイナーチェンジをしているのだ。後期型(のGグレード)はLEDのヘッドライトと専用グリルによって、ハイゼットカーゴと外観上の差別化が図られている。精悍な顔つきでかなりカッコいい。当初はこれを狙っていたのだが、程度がよくて走行距離が少ないものを選ぼうとすると150万円以上してしまう。一般的な軽トラですら所有したことがないのでデッキバンが良いのか悪いのかさっぱりわからない。高年式の高いやつを買って使い勝手が悪かったらどうしよう。まずは手頃な値段のものを買ってみて、気に入ったら将来的に新し目のデッキバンに乗り替えればいいじゃないかと自分に言い聞かせて前期型に候補を絞り込むことにした。前から見るとフツーのハイゼットカーゴみたいなカッコ悪いやつ。

結城自動車さんにデッキバン探しをお願いしてから僅か数週間の内にオレンジの個体が見つかった。2017年10月に登録されたS321Wの前期型。2WD車だ。走行距離は35,000kmあまりで、買い付けバイヤーさんの評価も高かった。ナビもETCも付いていて買い足すものが少なくて助かる。スタッドレスタイヤのホイールセットも嬉しいオマケだ。本当はフォグランプが備わっているものが欲しかったけれども、それだけは叶わなかった。東京都心に住んでいる頃はフォグランプの必要性を全く感じなかった。時々、無灯火のまま気付かずにいつまでも走っているクルマを見かける。それくらい都心部の夜は明るい。今住んでいる茨城県の道路ではフォグランプはぜひ付けておきたい装備だ。ここでは路上に横たわる野性動物の死骸にしょっちゅう出くわす。ヘッドライトだけでは危うく踏みそうになる。足下の至近距離を照らしてくれるフォグランプがあると安心だ。

実車を見ずに送られてきた写真だけで即決してしまった。オークションに出てくるデッキバンの中でオレンジの個体は少ない。もたもたしていると次のが見つからず、エディックスの車検が近づいて焦りが出てしまうだろうと考え、複数物件を比較することなく買うことにした。もちろん結城自動車さんを信頼してのことだ。

オークション会場から結城自動車さんに現物が届いたので下見に向かった。小さなキズとへこみがあるものの綺麗な外装の個体だった。「バニシング in 60」のボコボコになったクルマを見て育った私には全く気にならない程度のキズだ。内装にも目立ったキズや汚れが付いていない極上車だった。左右のヘッドライトを繋ぐようにメッキの化粧板が貼られている。「ガーニッシュ」っていうのかな。これでフツーのハイゼットカーゴと差別化を図ろうとしているのか、私にはカッコよく映ったのだが、女房に写真を見せたら「なんか配送のクルマみたい」と文句をつけられた。うっせー。2017年10月以降のS321/331W後期型のカッコいい顔のやつ(Gグレードの標準顔)、そして最新のアトレーデッキバンにはLEDヘッドライトが採用されている。私のはハロゲン。だけど球切れしても安上がりで、しかもどこでも直してくれる。ファッションよりも先ずは実利である。

ドレスアップや改造はしないけれども納車したら買いたいものが3つあった。1つ目はルーフボックス。いつも私は荷室に結構な量の荷物を積んでいる。散らかしてはいないが普段は不要で邪魔なこれらの物をルーフボックスの中にしまっておきたい。メーカーや外観にはこだわらない。安さ爆発が正義だ。とはいってもINNO、TERZOThuleくらいしかなさそうだ。地元のオートバックスさんで調べてもらったら、なんとどのメーカーもS321/331Wには設定がない。これは大きな誤算だった。キャンプも家庭菜園も日曜大工も何もやらないけれど、遠出した帰りに荷台に荷物を積み切れなかったらどうしよう。仕方がないので「保険」としてルーフラックを付けることにした。ネット上で探してみたところロッキープラスという会社の製品の中にデッキバンS321/331W用のものが見つかった。YAKIMAのようなオシャレなやつよりも仕事感丸出しのメーカーが私にはお似合いだ。オートバックスさんでも取り扱っていることがわかり、先のお店に相談してみた。オートバックスさんは面倒くさがらず適合するものを探してくれた。65,000円くらいしたが親切に対応してくれたので頼むことにした。

「デッキバンを買ったらルーフボックスを付けよう」と考えている人は注意が必要だ。欲しい年式のものにルーフボックスの設定があるかどうか実車購入を決断する前に調べた方が良い。最新のデッキバン(S700/710W系)は大丈夫。メーカーのオプションカタログにもルーフボックスは載っている。2017年10月以降のS321/331W後期型についてはわからない。自分で何でも取り付けができる方は問題ない。現に私の家の近所に私のと同じ年代のデッキバンに乗られている方がいて、それにはルーフボックスが取り付けられている。大工さんのお宅のように見える。クルマに関してもDIYが得意なんだろう。その他にもネット上で、S321/331W系にルーフボックスを取り付けた実例を見ることができる。私は30年以上クルマいじりから離れてしまったので、今やオイル交換すらまともにできるのか怪しい。私のようなヨロシクメカオンチで、ルーフボックスを付けることを前提にデッキバンの購入を考えている人は、ルーフボックスの設定がある年式を選ぶ方が無難だ。

次の必須アイテムはアイズさんの「マルチシェード」である。これはウインドウの日除けのこと。車種専用に形状とサイズを合わせていること、そして高い断熱性が特長だ。キャンピングカー業界では誰でも知っている製品で、殆どのキャンピングカー乗りが使っている。極度の暑がりの私は夏場にこれがないとやってられない。コンビニやクリーニング店に数分間立ち寄る時でも、わざわざ着けてから外に出る。面倒くさくても暑いよりマシ。

最初にお世話になったのはカナダ製のキャンピングカー、「ロードトレック」を入手した時のこと。ベース車の1994年式シボレーG20バン用を買った。その次はスバルサンバーの軽キャンパー、アダストラ社の「キャンビー」を買った時。マルチシェードの設定車種があるかどうかもクルマを選ぶ際の一つの基準になっている。

夏はこれを付けていると直射日光を遮ることができるので、フロントシート周り以外の全ての窓にマルチシェードを貼り付けている。あるとないとではエアコンの利き方が大違いだ。冬場も外の冷気が窓ガラスから伝わってくるのを和らげてくれる。先に書いたように、私は毎週末、家族のいる東京と茨城県の北部とを行き来しており、日曜の夜から月曜の朝にかけては車中泊をしている。鬼の形相で眠気と戦いながらようやく辿り着いたサービスエリアで、マルチシェードを全ての窓に貼るのはつらいので冬場もフロントシート周り以外は全て付けっぱなしである。ということで、常にマルチシェードで後方の視界は遮られてしまっている。教習所の鬼教官の教えを40年守り、励行してきた首振り後方確認は危機を迎えている。

デッキバン専用のマルチシェードは売られていない。ハイゼットカーゴ用が設定されているので、これを代用する。ちなみにマルチシェードは「フロント用」と「リア用」とに分けて売られている。フロントウインドウと前席のサイドガラスにはハイゼットカーゴ用を買えばよい。形とサイズはカーゴもデッキバンも同じである。問題はリアの窓。カーゴのリア用を注文した場合、デッキバンには不要のリアクォーターガラス分まで付いてきてしまう。更に困るのは、カーゴとデッキバンではリアウインドウの形とサイズが全く違うこと。そこで、カーゴの後部座席のサイドウインドウ用だけをバラ売りしていただくことは可能かアイズさんに問い合わせてみた。すると過去にデッキバンのリア用を特注で製作した実績があるかも知れないという。数日後、デッキバンのリア用をセットで作っていただけることになった。しかも特注扱いやバラ売りだと購入手続きが煩雑で面倒になるということから、私の問い合わせをきっかけにデッキバン用を商品登録してネットから通常どおりに購入できるようにしてくださった。

届いて付けてみた。どの窓にもぴったりの形とサイズだ。特にリアウインドウ用は汎用シェードを切って自作するつもりだったから本当に助かった。相変わらず吸盤の性能もとても良い。汎用品とは比較にならない使い易さだ。アイズさん本当に有難う。デッキバンにお乗りの皆さん、専用マルチシェードが発売開始されたので、是非とも検討して欲しい。S321/331W系だけでなくS700/710W系のも揃っている。(メーカー名「ダイハツ」、車種名「デッキバン」で検索すると表示される)

そして最後は荷台のカバー。純正オプションとして「平シート」という名称で売られている。また、軽トラ用の汎用シートを買って上手く付けている人もいるだろう。ネットで調べていたら「デッキバン用」と謳う製品の情報がヒットした。長野県にあるマルヤマキャンバスさんというテントやトラックの幌などを作っている会社で、デッキバン用の荷台シートにも力を入れている。豊富なカラーバリエーションの実例がホームページに載っていて参考になる。私はオレンジの車体が引き締まると思い黒を選んだ。「軽自動車用としてはオーバークオリティとも言える高品質な生地を採用」と豪語するだけあって、確かに厚みがあり質感が良い。これを付けると「荷台カバー」というよりは「トノカバー」といった雰囲気になる。25,000円以上もしたので(純正の「平シート」も似たような値段)、勿体ないから普段は折り畳んで車内に保管している。これを装着して、バケツをひっくり返したような雨、いや、正確に言うと、バケツをひっくり返して、中の水をぶちまけたような雨(だって裏返しのバケツが宙から落ちてきたら怖いじゃない)のどしゃ降りの中を何度か走ったことがある。荷台の隅の方が少し濡れる程度であって、真ん中には殆ど雨がかからなかった。これは優秀。純正のシートでも機能的には同じかも知れないが、デッキバンがスタイリッシュになるので、実用面の性能もさることながらファッション性の面でも大満足である。

デッキバンを買い替えの候補にしようと考えた当初は少し迷いがあった。スバルサンバーと同じようなクルマを2台も持っている意味はあるのかと。サンバーの他にもう1台というのであれば、高速道路を多用することも考えてやっぱりセダンにしておくべきじゃないか。でもデッキバンを買ってみて、サンバーと乗り比べてみるとかなり違うクルマだ。私にはこれくらいの表現しかできないが「乗り味」は断然サンバーの方が良いと思う。先ず、走りがどうのこうのと言う前にデッキバンのドライビングポジションが気に食わん。背もたれの角度を一番前にセットしても、なんかハンドルまでの距離を感じる。私はNASCARWRCの運転手のように、ハンドルの位置が胸に近いドライビングポジションを好む。腕の長い私がシートと腰の間にクッションを挟んでもストレートアーム気味になってしまう。小柄な人は不満を感じていないのか疑問に思う。ちなみに私は自慢ではないが腕だけでなく脚も長い。自慢は嫌いだが自分大好き人間である。

「スバルサンバーはリアエンジンだから運転席が静かだ」と言う人がいる。自分で乗っていて「ただの商用車なんだからそんなことぁねぇだろう」と思っていたけれど、運転席の真下にエンジンがあるデッキバンと比較すると確かにサンバーの方が静かだ。

デッキバンは街中を中速域で走っていると、ふらつく感じがして落ち着きがない。その反面、デッキバンは4ATの高級車仕様(サンバーは3AT)だから、結構きつい上り坂でも適当にキックダウンしてくれるので、後続車に迷惑がかからない程度のスピードを維持することができる。また、高速道路でアクセルを一踏みすれば時速90キロの世界へひとっ飛びだ。高速になるとハンドルのふらつきが収まるような気がする。

自分にとって、乗っていて楽しいのはサンバー。所有欲を満たしてくれるのはデッキバン。高級車の消費税にも満たない乗り出し価格120万円のクルマが所有欲を満たしてくれるとは。こんなコスパの良いクルマは他にないだろう。

使ってみてどうだったかについては、便利と不便が共存する変なクルマである。前述のとおり、私は日頃から結構な量の荷物を車内に積んでいる。また、出かける際の荷物の量も多い方だ。更に、冬場になると車中泊中に凍え死なないように防寒着と寝具を車内に満載している。今までは荷室に置いておくことができたものが、デッキバンには荷室がない分、リアシートに置かなければならない。それでリアシートは常に荷物でぎゅうぎゅう詰めの状態になっている。それでも平日の1名乗車の時はあまり不便を感じないが、週末になって誰かがリアシートに座ることになった時には、これらの荷物を荷台に移さなければならない。ハダカで荷台に載せておくわけにはいかず、しまっておくための防水のプラスチックボックスを沢山買って積んでおいてある。キャンプ用品のブランドの箱だと「箱」を盗まれてしまうので、どこのホームセンターにも置いてあるダサいやつでいい。万が一盗まれたとしても諦めがつきそうな物だけを、これらのプラボックスに入れて荷台に置いておくことで乗車定員を確保している。

でも、どちらかと言えば便利さを感じるシーンの方が多い。ゴミなど要らないものをどんどん荷台に放り込んでおける。近所のスーパーのリサイクルボックスにペットボトルや段ボールを捨てに行く時も荷台にぶん投げる。要らない物の他に車内に置いておきたくない物もある。毎晩、私はトレーニングジム付きの公営温泉施設に通っている。(少なくとも月に20日は温泉! 地方の暮らしはいいねぇー)ジムで使ったトレーニングウェアも濡れたタオルも風呂用品セット(ダリアのおふろセットじゃないよ)のぶら下げバスケットもぜんぶ荷台行き。

コインランドリーに行く時にも洗濯物バスケットを荷台に置いてクルマを走らせる。私がいつも行くコインランドリーの12kg洗い洗濯機は、オレンジ色のスズキ・パレットに乗った60代のおばさんと競合関係にある。ドアを開けて、バスケットを取り出してなんてことをもたもたやっていると、その隙にパレットのおばさんに先手を打たれてしまう。そんな時にタッチの差を生むのがデッキバンの荷台なのだ。私はこれで幾度となく勝ち名乗りを上げてきた。

「60代のおばさん」と書いたが、至近距離から見たら「なんだ、もしかしたら俺より若いかも」ということがしょっちゅう起きている。50代の女性を60代と見間違えるなんて、きみまろさんのような有名人がステージ上のネタとしてやるならともかくとして、許されることではなかろう。でもこれは私のせいなのか。

私はデッキバンを冬に買った。私が住む茨城県の北部の冬はとても寒い。夜になると気温は零下になる。スーパーやドラッグストアで冷凍食品やアイスを買った時には、荷台に置いておくと溶けない。このまま、コインランドリーに30分、1時間いられるので便利だった。

「なんだよさっきから日常生活のしみったれた話ばっかしやがって、キャンプの薪がどうとか、スキューバのボンベが何本積めるとか、週末は気の置けない仲間とジビエみたいな夢のある話はないのか」と思う人がいるかも知れないが、そんな話などない。なぜならば食に関心がなく、調理が全然できないから。ダイアンさんの爆笑ネタで、せっかくバーベキューの体験教室に来たのに、食事に助六寿司が配られるというくだりがある。私がキャンプに行ったら同じことになるだろう。大人なのにみっともない。

じゃあ、アウトドアに関係のない人間がデッキバンを買って果たして良かったのか。それは本当に良かった。毎日が楽しい。大満足である。駐車場に停めてある姿を見るだけで嬉しくなる。乗っている人には申し訳ないけれど、当初買おうとしていたセダンとすれ違う度に「あー、あんなの買わなくて正解正解」と心の中で呟いている。

デッキバンの真価が発揮されるシーンというのは、積み荷どーこーとは全く関係がない。それはコンビニで棒アイスを買い、我慢できずに駐車場で開封してしまった時である。荷台の後ろに立ってパクついていても、60近くのおっさんが棒アイスを喰らっている姿が前から見えないのである。「そんなことだったらミニバンだって同じだろ」と思う方、ミニバンのリアゲートの後ろでアイスを食べてごらんなさい。私もサンバーのリアゲートの後ろに身を潜めながらアイスを食べることがある。だが圧迫感があり、どこに突っ立ってよいのかわからず、なんか落ち着かない。屋根の低いセダンやワゴンだと、アイスをペロリとやっているおじさんの見苦しい姿が前から丸見えになってしまい、これは大変よろしくない。

そこでデッキバンの荷台である。後ろにいても非常に開放感がある。リアゲートを開けて荷台に腰かけるのも良し、リアゲートをそのままにして寄りかかったり、手を付いて体を支えるのも良い。背丈によっては肘を付くのにも丁度良い高さだろう。なんとも言えないまったりとした雰囲気の中でアイスを楽しめるのだ。

クルマ雑誌でデッキバンの紹介記事があると必ず出てくるのが、「街の電気屋さんが冷蔵庫を運ぶためにメーカーに要望して生まれたクルマ」という説明である。しかし、私はそれは表向きの理由であって、本当は違うのではないかとひとり思っている。私が辿り着いた答えは、「いくつになってもコンビニ棒アイスを愛してやまない漢たちのライフスタイル・ギア」である。

キャンプに行かなくたってデッキバンの可能性は無限大だ。この先、偉い人になったら、荷台を選挙の演説に使おうと計画中だ。早朝の人通りの少ない時間を狙ってはソロライブだ。荷台をステージに口パクとエアギターでひとり大いに盛り上がろう。ラブアンドピース。今度の休みが待ち遠しい。何すんのかって? 荷台に乗ってマッドマックスの悪者のモノマネ。

あつまれstacked headlights

タテ目4灯式ヘッドライトは、私が好きなカーデザインの一つである。

タテ目のクルマには思い出がある。私は高校時代の3年間、ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。その店は板金塗装の取り次ぎもしていて、委託先の会社が日産ジュニアを持っていた。そうあのタテ目のやつである。(3代目の140系)

板金屋さんの社長が店に来る度に近付いて行っては、「グロリアみたいですね」とか「H20型エンジンですか」などと、わかりやすいヨイショがこれまた見苦しい。(この頃からやってたのか)

高3になり免許を取ると、ますますジュニアに惚れ込んでしまい、写真(おじさんの頃は銀塩写真だぞ)を撮らせてもらったりしていた。すると、その社長から「10万円で譲ってあげようか」と思いがけないオファーを受けた。私はその気になった。ところが、小学生の頃からアメリカのトラッキン文化に憧れを抱いていた私は、ジュニアを手に入れたらカスタマイズすることばかりを思い描いた。「ロワードして、クレーガーとかセンターラインのホイールにBFグッドリッチを履かせて、炎のパターンのペイント(flamesといったシャレオツな言い方はずっと後のこと)にしたらカッコいいんだろうな」などと妄想は膨れ上がる一方だった。そうなると少なく見積もっても50~60万円じゃ済まないだろうと我に返り、カネがかかるのでジュニアを諦めることにした。

今こそフジキャビンかGM Firebird Ⅲみたいな形のタイムマシーンに乗って40年前の自分に会いに行き、「このバカちんが」と怒鳴りつけなければならない。ジュニアはあのままでよかったんだ。色褪せた水色のヤレた感じにしておくべきだったんだ。荷台に付いていた鳥居みたいなやつ(正式には何て言うんだ?) もロープを引っかけるフック(これも正式名称がわからん)もそのままでよかったんだ。キャンターみたいなでかいホイールも変える必要はなかった。そう、どノーマルでもいい味を醸し出しているのがわからんのか、と。いや、どノーマルだからこそ、年老いたクリント・イーストウッドが転がすようなピックアップトラックに見えていたはずなのに。ジュニアのオーナーになれる機会をみすみす逃した。あーもったいない。バカちん。

私が好きなタテ目グルマのベスト3の丸目編は1位が1967年型のPontiac Bonnevlle、2位が1966年型のCadillac Coupe DeVille、そして3位が「荷役界の日産ロイヤル」こと日産ジュニアである。

1979年の第23回モーターショーの商業車館で配っていたであろう日産のパンフレットにこんなカッコいいジュニアが載っていた。

角目編の1位は1978-79年型のChrysler Coldoba(私は76年型の丸目2灯に乗っていた)、2位は1976-77年型のChevrolet Monte Carloである。クルマに興味のない人から見たらクリソツでどっちでもいい話だ。でも私には甲乙つけがたい別物だ。そして3位は「和製Dodge Monaco」とは誰も呼ばなかったマツダ・ルーチェ・レガートである。

ただの個人的な好みだから根拠はない。

同時代のFord LTD Ⅱもなかなかのものではあるが、同じボディを使っていた隠しライトのFord Thunderbirdと、トランクリッドがコンチネンタル風のMercury Couger XR-7のカッコよさに目が移ってしまい分が悪い。

 

1966年型のFord Galaxie 500XL。おなじみのyatming製。年式が明確なのは裏にきちんと書かれているから。意外と真面目な会社なんだね。シャーシーも金属製でしっかりしている。実車が買えないから代わりにミニカーを買っている私には無地であって欲しかった。でもミニカーマニアの人にとっては、この安っぽい印刷が味わいなのかな。

 

1977-1978年型のDodge Monaco。パッケージに入っているのはマッチボックス製。勇気が無くて開けられない。チープな方はyatming。あれれ、シャーシーがプラスチック製に変わってしまっている。アメリカのカーアクション映画に登場するMonacoのポリスカーが目に焼き付いている。これも大好きな1台。

 

ルーチェ・レガート。好き過ぎて色違いの2台を買っていたようだ。この他にブルーやグリーンがあるみたい。私が持っているのは「ハードトップ リミテッド」。「スーパーカスタム」も発売されていた。見かけたら絶対に買いたい。

 

こちらは 1/43スケールくらいの1964年型のPontiac Grand Prix。いつどこで手にいれたのか全く記憶にない。裏に何も書かれていないのでメーカーや原産国の手がかりは一切ない。内装は作られておらず、フリクション機構のようなものが室内に剥き出しになっている。このミニカーの正体はいったい何なのか。

 

最近、地場の中古品チェーン店で手に入れた1965年型のCadillac。税込み3,000円もした。「ミニカーマニア」ではない私にとって3,000円というのはビミョーなボーダーラインである。先日も1/43くらいの大きさのStutzのコンバーチブル(「Bearcat」というモデルらしい)のミニカーを発見した。価格は3,980 円。どうしても欲しかったけれども4,000円もしやがる。「サミー・デイビスJr.が乗ってたんだからさー、いいじゃん」と自分を納得させようと頑張った。ずいぶんと長い時間、売場をうろうろとしたものの結局諦めることにした。毎週末、こんな高いミニカーを買ってる訳にはいかんのである。

さて、Cadillacの方は、箱も現存していて、そこには「K. K. SAKURA」「MADE IN JAPAN」と書かれている。これは「○○ペット」のような価値あるものなのかも知れない。「こんな高額なものを買ってはならぬ」と自分に言い聞かせた。しかしながら、誘惑に勝てるわけがなく、店員さんにショーケースから出してもらった。うわー、ずしりと重い。これが本物のミニカーなのか。店員さんを呼んでしまった時点でゲームオーバーである。高校生の息子が私に言った。「こういう小さい無駄遣いばかりしてっから、本当に欲しかったクルマが買えなかったんだ」と。なんだか息子から教えられたような気がする。

 

同じく1965年型のCadillac。9人乗りの「Seventy-Five」か。hearseでもないこんなステーションワゴンの設定があったのか私は知らない。「commercial」カーの一つかも。HOゲージのジオラマ用なのかずいぶんと小さい。裏に「Praliné」「W. GERMANY」と書かれている。西ドイツ製なのか。ネットで調べてみるとRevell社の1ラインのようだ。「プラライン」と呼ばれているけれど「e」の上に付いているアクセントが気になる。あるいは「プラリネ」のような別の読み方があるのかも知れない。セダン(リムジン)の方に付いているホワイトウォールタイヤがカッコいいと思ってよく見たらタイヤ全体が白だった。巧い。

 

今回のハイライトはこれ。1965年型のPontiac Grand Prix。エンジンフードの造形と全体のフォルムからそう思いたい。オフハウスのような中古品ショップのチープ品コーナーで見かける度にダブって買ってしまう。裏には「MADE IN CHINA」とだけ書かれている。よーく見るとライトが縦型デュアルになってないじゃんか。それなのに、ぱっと見ただけでPontiacだと思わせてしまう。フロントエンドの金型設計者は天才だ。カツカツの予算内で実車を想起させなければならないというミッションインポッシブル。魔術師の仕業である。

オーストラリアのミニカーくん達。肝心のインターセプターが揃わない。

6年生の時に観た「マッドマックス」の影響でオーストラリア車に興味を持った。テールランプが違うと知りつつもインターセプターはアメリカのフォード・マスタングの改造車だと小学生の私は思った。後にベース車は豪州フォードのファルコンだと知った。それ以来、オーストラリア車のミニカーもコレクションの一部となった。詳しくないけど。

フロントフェンダー後端のエアアウトレットからHolden (LC) Torana GTR XU-1のように私には見える。1/18くらいのスケールでデカい。なんで木製なんだ。

これは最近、偶然にイオンのおもちゃ売り場で見つけたやつ。仕入れバイヤーさん、あなたは素晴らしい仕事をした。右の’77 Holden Torana A9Xは、カーナンバーやマルボロカラーの塗り分け方が違うけれども1978年のAustralian Touring Car Championshipのチャンピオンマシンがモチーフか。

Ford XY Falcon。XR→XT→XW→XYと続くシリーズの中でも、XYが最も高い評価を受けているらしい。このミニカーが「GT」なのか、それとも「GTHO(Handling Option) Phase Ⅲ」なのかは私にはわからない。

おなじみのFord XB Falcon 。下の改造車の黒いやつが「インターセプター」として売られていた気がする。出逢いが無かったのか、高くて買えなかったのか覚えていない。とにかく未だに入手できずにいる。

最後にHoldenがらみで米国のPontiac GTO


スーパーバードやタラテガよりもこっちの方が刺さってしまうストックカー

Chevrolet Chevelle LagunaとPontiac Grand Prix。年式が違っていたらごめんなさい。Lagunaは`75~`77か。スラントノーズじゃないGrand PrixのNASCAR参戦は`81~`85かな。

GM10ボディ(Wボディ)のPontiac Grand Prix。 青い方はリチャード・ペティ実車。`88か`89か。「市販車はFFだろ」なんて言わないで。日本のスーパーGTだって市販車と違ってたって面白いでしょ。

おー、これはシビれるBuickの2台。LeSabreとRegal。NASCARでのLeSabreは`87か。Regalは実車のモデル化。`88か`89? 

 

こんなに要らないFOXマスタング

見つけるとついつい買ってしまう。実家にも眠っている。

初期(1979~1993の第三世代)の頃のも持ってたのか。

トミカプレミアムほどじゃないが、なかなかの質感だ。裏に「KiD CO INC」って書いてある。

「TURBO MUSTANG」なんていうのもあった。実車コブラ・ターボともインディ500のペースカーレプリカとも細かいところがちょっと違うけどカッコいい。もったいなくて開けられず。

酷い。これは無理だろ。




肌感覚EV普及率 ~デジタルの時代にこれかよ~

遂に「Formula-e」が日本にやってきた。日本初の公道レース開催、しかも地上波テレビで放送もしてくれるというのに前宣伝も見なかったし、レース専門雑誌『オートスポーツ』でも以前から大々的に取り上げてなかった気がするから、大して人気がないのだろうと余裕をぶっこいてたらチケットが完売してた。

コロナ禍前は1年に1~2回程度、電気自動車のレースを観ていた。と言うか観戦料というものがないから観させていただいていたことになる。昨年も1回行っている。向かった先は茨城県筑波サーキット日本電気自動車協会(JEVRA=Japan Electric Vehicle Race Association)さん主催の2023年シリーズ第1戦「全日本 筑波EV55kmレース大会」だ。これは2023年4月22日(土)に行われた。

エントリー台数は8台とやや寂しかったものの、最上位クラス「EV-1」での3台のテスラ・モデル3による争いが面白かった。27周のレース中、始終スピードが落ちることなく迫力があった。前回観たのはいつのことだろうか。5年以上前か。まだモデル3が発売されていなかった頃だ。当時は1台のモデルSだけがぶっちぎりに速かった印象がある。他の車両は電費を気にしてペース調整をしていたのか、あるいは出力が小さいからなのか、モデルSとの明らかな速度差を感じた。今回はそんなことはなく、モデル3同士のバトルが見られてこりゃ楽しい。最初から最後までペースが落ちることはない。実際にはバッテリーの残量や温度を気にしながらの駆け引きが繰り広げられているのだろうが、傍から見ていてそれは感じられない。「Formula-e」の放送から聞こえてくる「キーン」という音もなければ「キュルキュル」という音もしない。タイヤのノイズだけである。しかし、それでも結構速く見えるのである。様々なエントリーカテゴリーのレースを筑波サーキットの第1ヘアピンから観てきたが、エンジン車と何ら遜色ない。これならば10台くらいのモデル3でワンメイクレースをやったら盛り上がると思う。駐車場には30台くらいのテスラが終結していて圧巻の光景だった。富裕層の皆さん、ぜひともレースにエントリーしておくれ。

そんなモデル3を推すEVの本が昨年発売された。高橋優さんという方の『EVショック ガラパゴス化する自動車王国ニッポン』(小学館新書、2023)である。「モノ」にフォーカスした内容のこんな本を私は待ち望んでいた。日産リーフ、テスラ・モデル3、モデルYを延べ8年間乗り継いできた著者はその経験を活かし、ユーザー目線で、今の日本で乗りたいオススメの5車種を紹介してくれている。私にとって近年に出版された電気自動車関連の書籍の中でも最も面白く感じた一冊だった。

古い情報ですいません。『週刊エコノミスト』の2022年1月18日号に世界で売れているBEV(電気自動車)とPHEV(プラグインハイブリッド車)のベスト20が載っていた。その内の4台がPHEV車。日産リーフは18位、トヨタRAV4 PHEVが16位。日本車はこの2台のみ。テスラ、中国メーカー、VWなどが上位に名を連ねる。韓国勢も検討している。写真を見ているだけでも面白いし、どこのメーカーが優勢なのか参考になるので迷うことなくこの雑誌を買った覚えがある。

2022年の春頃から自動車専門誌にも徐々にBEVの特集が組まれるようになった。『カーアンドドライバー』2022年5月号もその一つ。「日本で買えるBEV」の特集記事を見て驚いた。日本車が7車種なのに対して輸入車が実に19車種もある。中国メーカー皆無でもこの数字である。(BYDが日本市場にBEV乗用車で参入すると発表したのは2022年7月)日本の自動車業界がBEVの是非を議論している間にじわじわと侵食された感がある。

そう言えば品川区にある、昔から富裕層が住む住宅街を久しぶりに通り抜けたら、なんと半径200メートルくらいのエリアに4台のテスラが置かれていてびっくりした。圧倒的にドイツ車優勢の土地柄で、いつの間にか一部がドイツ車から置き換わっている印象を受けた。

私は2年前から毎週末クルマで出かける際に、入場者数や交通量を調べるためのカウンターを持ち歩いている。これで何をしているかというと、出逢った電気自動車を数えているのである。50代半ばを過ぎてNISAやChat GPTなどに勤しんでいるのかと思いきや、スマン。これはヒマ過ぎだ。最初はカウンター1個だけで始めたが、リーフの現行型と初期型、テスラの数がぐちゃぐちゃになってしまい、こりゃ話にならん(やってること自体が話にならんが)ということで、リーフの現行型用、リーフの初期型用、テスラおよびその他車種(始めた当初は三菱i-MiEVとか、ポルシェ・タイカンとか、郵便車とか)用に色の違うカウンターを揃えることになった。BEVが普及しているのかどうかの比較対象として選んだクルマは私が乗っているのと同じスバル・サンバー(TV系、TW系)である。2012年に販売が終了したにもかかわらずサンバーの人気は根強く、今でも本当によく見かける。サンバーと同じくらいの台数を見かけるならばBEVも結構売れていることになると思い台数を競ってみた。なお、サンバーはバンでもトラックでも一緒にして数えている。1998年以前のKS・KV系、そして稀に見るKR・KT系も含む。

ルールはこうだ。街中で走っているのを見かけたらカウントするのは勿論、新車ディーラーや中古車販売店の店頭に置かれているものもカウントする。この調査をやっているとディーラーがBEVの販売に力を入れているのかそうでないないのかがよく分かる。いつも通る道端のお宅のクルマも毎週カウントしている。BEVに乗っていたのに、ある頃から見かけなくなり、「あー電気自動車やめちゃったのか」と思うことがあれば、反対にリーフとフツーの軽を持っていたお宅がリーフとサクラの2台使いになるというケースも見かける。さすがに解体車や廃車らしき個体はカウントから除外している。

スバル・サンバーとBEVの数が比較できるデータが揃ったのは2022年8月から。以下は、週末に350km~800kmくらい走り回って見かけたBEVとサンバーそれぞれの平均台数である。2022年8月~同年12月では、BEV19台に対してサンバーも19台と、この時点で既にイーブンだった。2023年1月~同年12月を見てみると、BEVは29台、サンバーは25台でBEVの勝ち。2024年1月~同年5月の数字は、BEV31台、サンバー29台でBEVの優勢が続いた。

地元の茨城県北部であれ、東京都心部であれ、都市近郊のベッドタウンであれ、週末を通して平均すると、10台の現行型リーフ、3台の初代リーフ、13台のテスラおよびその他車種に出くわすのである。私が乗っている2台の内の1つであるホンダ・エディックスなんかは800km移動しても1台見かけるかどうかのところだ。サンバーの目撃数には例外がある。茨城県内でも特に農業が盛んな鹿行(ろっこう)地域では、現役で活躍しているサンバーの数が物凄い。週末を通じて30~50台を数えるのである。

2023年の日本国内の軽自動車を含む乗用車全体の販売台数に占めるBEVの割合は2%強程度と言われているから(日本自動車販売協会連合会全国軽自動車協会連合会の発表による)、「売れてない」という印象を与えるが、DXの時代に肌感覚だけで生きている「A×」(アナログばってん。「X」じゃないよ)の私から見ると、今でも驚きと共に「ずいぶんと走ってるなぁ」という感がある。

2022年にはリーフの旧型もよく見かけたが、最近はだいぶ数が減ってきた。街中でもあまり見かけないし、中古車店の店頭からも消えている。一体どこに行っちゃったのだろう。日本人が見放したクルマが外国で有難がられているのだろうか。それと入れ代わるようにリーフの現行型とテスラを本当によく見かけるようになった。BEVに対してそれ程関心が高くない人でも「リーフとテスラをよく見かけるな」と薄々感じているのではないだろうか。実際に交通量の多い時間帯になれば、地域を問わず5~10分おきに1台のリーフを見かける。都心に入るとそれがテスラに代わる。2022年12月に日産がリーフの大幅値上げを発表した。それ以降、リーフの売れ行きが落ちたと報じられることが多い。それは事実だとしても、新車の売れ行きが落ちたからといって見かけないクルマになったわけではないのである。

日産サクラも増えてきた。自宅の近所だけでも3軒のお宅が所有されている。更に2023年の春頃から、日産アリアも少しずつ見かけるようになってきた。カーセンサーで検索してみたら新古車価格が600万円くらいしていてびっくりした。これは高級車だったのか。確かにエレガントなクルマだ。どおりで軽井沢でよく見かけたわけだ。

私は欧州車に疎く、その上、最近のクルマはエキゾーストパイプを主張しないデザインが多いようで、BEVなのかどうかさっぱりわからない。『CAR and DRIVER 特別編 xEV YEAR BOOK 2023』(毎日ムック)という電動車のガイドブックを常にクルマに積んでいるけれども、欧州メーカーのBEVを見かけても気付かずに見過ごしている可能性が高い。テスラやポルシェ・タイカン以外にももっと多くのBEVが走っているかも知れない。日本でもBEVは一定規模の市民権を得ているのだ。

その反面、2年間、街中BEVウォッチングをしてきた中で、Honda-eは数ヵ月に1台見かけるかどうかという少なさである。これでもまだましな方で、トヨタbz4x、スバル・ソルテラ、マツダMX-30 EVモデルは発売初期の頃にディーラーの店頭で一度だけ見かけたかどうかの記憶しかない。ヒョンデの方がまだ売れている。つまりクルマの出来はともかくとして、消費者から全然支持されていないのである。

今日は言いたいことをはっきりと言わせてもらおうじゃないか。トヨタさん、いったい何をしているのだ。リーフの競合車を今すぐにでも出しておくれ。昔のトヨタだったら、日産が出してくる、あらゆる車種にいちいち対抗馬をぶつけて潰しに来ていたじゃないか。中途半端なBEVを出しては顧客に申し訳ないからといって、BEVに関してあの自信の無さは何なんだろうかと思う。bz4xの実物をみたことがある。なかなかの存在感だったぞ。勿体ない話だ。リーフの性能レベルでも乗ってみたいと思う人が一定数いるのに応えないのは何なんだろうか。電池の技術もモーターの技術もあり、プリウスやクラウンのような、あんな前衛的なデザインも造れるのなぁ。「小型モビリティがBEVの最適解なんだからC+pod」つっても、いつまで実証実験カーみたいなものを繰り返すのか理解に苦しむ。

内燃機関廃止戦略はフォルクスワーゲントヨタを陥れるために仕掛けた罠だ!」私もそう思う。石油を燃やして得た電気をわざわざ遠いところへ送電して、その電気を使ってクルマを走らせる馬鹿馬鹿しさも承知の上だ。実際にはハイブリッド車が総合的に最も優れているであろうことも理解している。中国でも米国でもBEVだけでなくPHEVも売れていることも知っている。わが国の自動車産業の存亡の危機に関わる重大な問題であることはわかっているけれど、「電気自動車とハイブリッド車のどちらが正しいか」といったイデオロギーの対立みたいにならないで、電気自動車を、単純にあるセグメントのユーザーの嗜好の一つとして捉えてもらえないものだろうか。

リーフとテスラを100台見かける間に1台もBEV商品を見かけることのないトヨタとホンダが揃って「2030年までにEV350万台を販売する」(その後「2026年までにEV150万台を販売する」と発表)とか「2040年までに新車販売の全てを電気自動車と燃料電池車にする」などといった意欲的な目標をぶち上げている。ディーラーの目立つところにEVを飾っているわけでもなく、今あるものでも試乗してもらえるよう熱心に説いていそうな感じでもないのに、今からほぼゼロベースで本当にやるのかと違和感しかない。先日、栃木県のとあるホンダディーラーの前を通りかかったら、敷地の片隅に4~5台のHonda-eがひっそりと置かれていた。下取り車のような寂しげな雰囲気を漂わせていた。

「電気自動車は不便、役に立たない、実用性に劣る、実際にはエコではない」などと言っている内に、確実に浸透している実感がある。そして恐れていることが起きた。2023年、中国のBYDが日本市場にBEVの乗用車を展開し始めた。試乗した自動車ジャーナリストからも上々の評判を得ているようだ。中国人の方には大変失礼だが、今までだったら多くの日本人が「中国車なんかみっともなくて誰も乗らないだろう」と思っていたはず。かつての現代自動車の日本進出の時がそうであったように、「日本で中国車は売れない」「すぐに撤退するだろう」と予測している日本人が大半ではなかろうか。こうしたことを考えていると、いつも思い出すのは1970年代初頭のアメリ自動車産業のことである。

皆さんは『覇者の奢り 自動車・男たちの産業史』(日本放送出版協会、1987年)という本をご存知だろうか。ピューリッツァー賞受賞作家のアメリカ人、デイビッド・ハルバースタムDavid Halberstam)という人が書いた自動車産業のノンフィクションだ。著者のあとがきによれば、アメリ自動車産業の没落と同時に起きた日本の自動車産業の興隆について、主にフォードと日産自動車の人物を通じて捉えようとするものだった。

これを読むと、日本車が本格的に米国に輸入され始めた頃、当時のアメリ自動車産業の経営陣達が日本車をどのように捉えていたかを窺い知ることができる。第一次オイルショックが起きた1970年代の初頭では、一部の車種を除き、未だ日本車はアメリカ人に馬鹿にされていた。フォルクスワーゲンの「ビートル」であれば、ライフスタイルあるいは反ステータス主義の体現とも言えそうだが、日本車に関しては単なる倹約家(または貧乏人)のためのクルマに過ぎなかった。日本車が売れ始めた頃でさえも、「ビッグスリー(今のデトロイトスリー)」は、景気が良くなれば顧客は自社の大型車にまた戻ってくるだろうと楽観視していたし、自国の消費者のことは自分達が一番よく理解しているという絶対的な自信があった。日本車なんか鼻にもかけなかった。しかし、その後、日本車人気の長期的なトレンドは衰えることはなく、失ったシェアは二度と戻ってこなかった。

この本にはアメリ自動車殿堂入りを果たした多くの有名人が登場する。その中の一人、「ミスターK」こと日産自動車の片山豊さんがアメリカで孤軍奮闘し、市場を開拓していった物語も出てくる。それによれば、日本車というものは、より新しく、より大きなクルマを売りつけようとするアメリカの自動車産業から取り残された、あまり裕福とは言えない人々のためのクルマだった。ビッグスリーの経営陣達は、後に「名車」と呼ばれることになるDatsun 510の登場ですら真に受けなかったという。

いつもどおり横道に逸れる。イギリス人作家アーサー・ヘイリー(Arthur Hailey)の小説、『自動車』(新潮社、1973年。原題は『Wheels』、1971年)を手に入れた。これは私が小学生だった頃にお母さんの書棚にあった本だ。背表紙の記憶だけがあり、この年になるまでずっと「これはT型フォードの時代かなんかの話だろう」と勝手に思い込んでいた。偶然にこの本の文庫版を茨城県つくば市にあるクルマとバイクのカタログ専門店「ノスタルヂ屋」さんで見つけた。表紙にポンティアック・ファイヤーバードが描かれているのを見て初めて現代(といっても1970年代)の自動車産業が舞台であることを知った。主人公が役員を努める自動車メーカーは、ゼネラルモーターズがモデルとなっていると思われる。その中で外国車をリバースエンジニアリングするシーンがある。対象となる外国車二台の内の一つはフォルクスワーゲンだった。そしてもう一台は日本車である。解体を担当している年配メカニックは日本車を指してこう言い放った。「これだけはいっておきたい。わたしだったら好きな人間にはこんな車を乗りまわしてもらいたくないですね。四輪のモーターバイク、それもちゃちなモーターバイクですよ。これは」と。自動車後進国のクルマなどは調べる価値も無かったかのようだ。

私は経済アナリストでもなければ政策の評論家でもない。新橋駅前の雑踏の風景に同化しそうなフツーのおっさんである。「水素社会は絶対に来ない」などと意地悪なことをおっさんは言わない。水素スタンドの数が少なくてもトヨタのMIRAIに乗りたい人は乗ればよい。私はタクシー払い下げの日産セドリック・セダンが欲しい。オートガス(LPG)スタンドがどこにでもあるわけではない。いやどこにあるのかわからないのを承知で乗りたい。不便だとわかっていても乗りたいのだから仕方がないじゃないか。電気自動車に話を戻すと、そもそも「ガソリンスタンドの店舗数と充電スポットの数の比率が何対何になったらEVにしよう」などと合理的な動機を持っている人は少ないのではないだろうか。BEVが普及するかどうかは必ずしも充電インフラの充実度が決めるわけではないと思う。イーロン・マスクが好きだの、ファッショナブルだの、所有感だの、ライフスタイルだの、ステータスだのといった情緒のクルマだと感じている。

1970年代当時のアメリカの「大型車で利益が出ているのに、なぜわざわざ小型車を売らねばならないのか」は、現在の日本の「ハイブリッド車エコロジーの最適解として消費者の支持を得ているのに、なぜBEVを作らなければならないのか」に似ている。得意なところ以外やらないよ、と。しかし今収益の上がるところだけを狙っていたのでは、徐々に世の中の一部の人々の考えと乖離していくだろう。日本で中国製のBEVが売れ始めてしまってから日本のメーカーが慌ててBEVを出しても手遅れになるのではないかと心配になってくる。日本車が得意とするカテゴリーにビッグスリーが商品をぶつけてきても、その多くが日本車の後塵を拝してきたのとダブって見えてしまうのである。

「中国でBEVが売れているのは国策だからだ。政府の後押しがあるからだ」と多くの人は言う。でも、そもそも政府が自国の基幹産業を守り、育成していくのは普通のことではないだろうか。かつての日本でも通産省通商産業省)が我が国の自動車産業を保護し育成してきたし、アメリカだってビッグスリーが窮地に陥れば救済してきたではないか。いくら国家の後押しがあったからと言ったって商品力がなければここまで売れるはずがない。ここは素直にテスラとBYDの実力を認めるべきではないだろうか。

もう一つ。私は、中国自動車産業の実力を侮るべきではないと感じている。

私は2013年に出張で延べ5週間、上海に滞在したことがある。その当時から上海の街には電動バイクが溢れていた。現地駐在の日本人の方にお世話になり、あちこち連れて行ってもらった。彼によると、夜に無灯火で走る電動バイクが多く、音もなく近づいてくるから気を付けて歩かないと危なっかしいという。庶民が暮らす集合住宅の駐輪場に充電用の電源ソケットが沢山設置されていたことを思い出す。

その当時に出版された『中国自動車市場のボリュームゾーン 新興国マーケット論』(塩地 洋 編、昭和堂、2014年)という本がある。著者は各国の自動車産業を研究されてきた京都大学の先生である。これに出てくる低速EV車の話が興味深い。中国の低速EV車は山東省を中心に発展してきたという。主に農村で重宝されてきた登録不要、運転免許証不要、保険加入不要のマイクロカーである。本当は登録も免許も必要とされているものの、地域経済の発展を優先させたいといった理由によるものなのか黙認されていたらしい。著者も含めて日本の自動車専門家から見ると、これらの低速EV車はとても「自動車」とは呼べないシロモノだということだが、農村に住む中国人にとっては自転車やオートバイよりも行動半径を広げてくれるものであり、また、同時に遠く離れた場所での就労の機会を増すことにも貢献してくれるといった役立つ存在として描かれている。鉛電池による駆動で航続距離は短くても、また装備が簡素でも長年親しまれてきたのだから、上海通用(GM)五菱汽車の宏光MINI EVのようなベーシックカーでも十分に有難がられているのではないだろうか。また、この本によれば、「汽車下郷政策」(自動車を農村に普及させる政府主導の景気刺激策)の補助金の恩恵を受けた上海通用(GM)五菱汽車のミニバン「五菱之光」が「農村のミニバン」として自動車ブームの牽引役となったそうだ。同じ会社の宏光MINI EVは信頼できる「自動車」ブランドとして認められているのかも知れない。

山東省では、電動二輪・三輪車、そしてそれらよりも一足早く電動化が進んでいた農業用専用車の産業と同じように、低速EV車の世界でも完成車メーカーはシャーシー以外の全ての部品を社外から調達できる産業構造が確立されているという。一体型アクスル、インホイールモーター、そしてボディ(FRP製、鋼鉄製のどちらもある)までも買ってくることができるそうだ。こうしたことは10年以上前から周知の事実だが、改めて中国の電気自動車産業の裾野の広さには驚かされるばかりである。

出張当時、自動車ディーラーのことではないが現地で聞いた話として、中国の国土面積は日本の約26倍、人口は日本の10倍以上だから、日本で50店舗展開するチェーンストアのイメージが現地では500店舗の規模になるというから恐ろしい。規模の経済が働きやすくなるし、電池交換ステーションのような上手くいってるのかわからないようなものでも、凄いスピードで広がっていくから、その内に学習効果が現れて成功させてしまうかも知れないのだ。

中国車が好きとか嫌いとか(そもそも日本人で中国車が好きな人は殆どいないと思うが)、関心があるとかないとか、そんなことは関係なく、きちんとウォッチしていた方がよいと思う。「中国車=パクリ」だの、「中国車=低品質」だのと、何十年も前のイメージ引きずって無視をきめこんでも仕方がない。

先日、日本の自動車メーカーで電池開発をしている方がこんなことを言っていた。テスラ・モデル3に乗っている友人が奥さん用のクルマを検討する中でBYDのショールームを訪れたという。前評判どおり、結構いいクルマだったそうだ。たったのn=1の話ではあるものの、「世界的に売れている優れた電気自動車であればメーカーの国籍は問わない」となんてことを言い出すコスモポリタンな人たちが増えてしまったら、わが国の自動車産業にとっては困るのである。と、ナポリタンみてぇな顔した私はそれが言いたかった。

私は新型車そして最新テクノロジーに対する関心を失ってしまい、何十年もの間、新車情報雑誌に目を通してこなかった。しかし、数年前から『ニューモデルマガジンX』(ムックハウス)を毎月欠かさず買っている。この雑誌はモノとして出来の悪いBEV車があれば、それがドイツの高級車だろうと遠慮なく低い評価を下す。また、各国、各地域のBEV をめぐる政策に無理矛盾があれば指摘しているけれども、BEVの普及については良いとも悪いとも言っていないニュートラルな立場であるように私には見える。

この雑誌の中でも、毎号特に楽しみにしているのが、加藤ヒロトさんの「中国が熱い!!」だ。中国自動車産業の戦略について論じている本は幾つか出ていて、私も何冊か持っているけれども、この連載記事に見られるようにクルマそのものに目を向けて情報を発信してくれる人は貴重な存在である。(どうやったらこの方の『中国車ガイドブック』を買えるのかな)

おっと、そろそろ出かけないと。前の週末にカウントしたBEV達とサンバーの台数を手帳に書き込む。仕事用の手帳に。いつの日か、プロの交通量調査員が使っている、あのベース板を自作することだろう。「今週は電気自動車が勝つか。それともサンバーちゃんが勝つか!」これは複数のエレベーターがあるビルのエレベーターホールで、「どっちが早く来るか? こっちか。それともこっちか?」と言ってはエレベーターホールを幸せな空間にしてしまう年配男性と同じである。

さっきはC+podをディスってしまったが、「あれが家にあったらいいよなぁ」と夢が膨らむ。昔からミツオカのBUBUとか、タケオカ自動車工芸のアビーとか、トヨタのコムスなんかのマイクロカーが大好きだから。ドリームはある。けれどもカネはない。会社での唯一の肩書きが「ネスカフェ・アンバサダー」なんです。道筋もない。
(おしまい)