付加価値のない自動車会

~副題 クルマだらけの間違いづくし~

クリント・イーストウッドが屋根にしがみ付きたくなるクルマたち

お正月と言えば映画だ。私はもうじき自分で面白いことを言ってはペロリと舌を出すおじさんの歳になるから、本来ならば『風と共に去りぬ』や『シェーン』『禁じられた遊び』など不朽の名作について語って然るべきだが、困ったことに幼少期の原体験がカーアクション映画だから、今もってなお、そんな映画の情報に響いてしまうである。

かなり前のことになるが、ブックオフで『CAR & MOVIE 爆走×激走×クラッシュ上等 カーアクション映画ぶっちぎり読本』(キネマ旬報社、2011)というムック本を見かけた。手に取ってみたところ、知っている映画が大半を占めていたし、1990年代以降の作品の紹介も多かったから、その時はあまり興味が湧かず棚に戻してしまった。今思えば惜しいことをしたものだと後悔する。

雑誌『A-cars』の2018年11月号にもカーアクション映画の特集が組まれた。「よしおか和『米車倶楽部』往年のアメリカ映画で往年のアメリカ車を愉しむ!」という題名の記事だった。執筆者は私と同じく1970年代のカーアクション映画を原体験としている人だからセレクトされた映画に大変共感した。その反面、少し若い世代の人が選ぶものの中にはしっくりこないものもあった。

私がよく参考にするのが『カーチェイス映画の文化論』(長谷川功一、リム出版新社、2006)だ。なぜカーチェイス映画というジャンルが生まれたのかを解き明かす論考が目的の本だから、考察対象の映画も1970年代~1980年代のものが中心となる。

上記の3冊を揃えておけばカーアクション映画に詳しくなれることは間違いない。正直に言って、リアルタイムで観ていないもの、タイトルすら知らなかったものも数多く含まれている。それらの中には『ブリット(Bullitt)』(1968)、『フレンチ・コネクション(French Connection)』(1971)、『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』(1971)、『バニシング in 60(Gone in 60 seconds)』(1974)などとの関係や影響があるものも多いから、今更ながら一つづつ観てみようと思い立ち、近所のレンタルビデオ店で探してみることにした。

 

 『大列車強盗団(Robbery)』(1967)

『ブリット』の監督ピーター・イェーツがイギリス人であることは意外だった。ウィキペディアによると元々プロのレーシングドライバーだったそうだ。『ブリット』の前に公開されたイギリス映画である。冒頭にカーチェイスシーンが展開される。犯人グループのクルマをパトカーが追いかける。逃げるのはジャガー。お洒落な人は「ジャグワ」と呼んでたような気がしたから不安になって、ネットで調べたら正規に「ジャガー」と呼ばれていて安心した。イギリス車の知識が殆んど無いからよくわからないが「Mk1」もしくは「Mk2」というものらしい。そうか光岡のビュートがモデルにしているのはこれだったのか。後年のアメリカのカーアクション映画と比較すればカーチェイスシーンはやや控え目な印象を受ける。しかし、それでもロンドンの街中を舞台にシリアスなカーチェイスが見られるし、背景のクルマを含めて昔のイギリス車が見られるから、英国車好きには堪らないだろう。こんなカッコいいサルーンがあったのかと見とれる場面が目白押しだ。

カーチェイスとは別に面白い場面があった。犯行グループを執拗に追う刑事が現場検証に現れる。愛車はミニだ。驚いたことに3点式シートベルトを締めているのだ。一瞬、リメイク版ではないかと目を疑ってしまった。う~ん、何とも先進的だ。

 

『重犯罪特捜班/ザ・セブン・アップス(The Seven-Ups)』(1973)

本作の監督は、『ブリット』と『フレンチ・コネクション』の両方でプロデューサーを務めたフィリップ・ダントニである。ここでもリアリティにこだわったシリアスなカーチェイスを見ることができる。刑期7年以上の重犯罪を専門に捜査する刑事さんたちの話。まず車種チョイスが渋過ぎる。刑事役の主人公ロイ・シャイダーが駆るのはポンティアック・ベンチュラ(ヴェンチュラ/ヴェンテューラ)。たぶん1973年型かなぁ。悪党の一味が乗って逃げるポンティアック・グランヴィル(ボンネヴィルだったらごめんなさい)を追いかける。こちらもおそらく1973型ではないだろうか。こんな車種は、'70年代のアメリカ車のディープファンもしくはポンティアック専門のマニアしか判別できないであろう。早回しなどのギミックは当然排除されており、ニューヨークの街中を凄いスピードで駆け巡る。サンフランシスコと比べてより平坦だから、大袈裟なジャンプは無い代わりにありがちなスローモーションシーンも無く、その分余計にスピード感が出ている気がする。サスペンションが道路の起伏を拾い上下にフワフワと動く様子がリアルでカッコいい。ストーリーはなんか解りづらかった。数回観る必要があるかも知れない。「クルマを拝む」という目的で言えば、マフィアの幹部たちが葬式に集まるシーンがある。キャデラックやリンカーンなどの当時の最新のフルサイズ車が続々と登場し圧巻である。

 

『白熱(White Lightning)』(1973)

 バート・レイノルズ主演の作品。バート・レイノルズと言えば「トランザム7000(Smokey and the Bandit)」シリーズで見せるコメディタッチの演技のイメージが強いが、これは弟を殺した密造酒づくりの組織と悪徳保安官に対する復習劇だから内容はシリアスだ。舞台は南部の田舎町。カーチェイスの大半はダートで行われる。前述の『A-cars』のよしおか和さんの解説によれば、バート・レイノルズが駆るのは1971年型のフォードLTDとのこと。この頃の フォードは顔に凹凸があって非常にカッコいいのである。外見は何の変哲も無い4ドアセダン。色もブラウンで地味だ。なのにフロアシフトのマニュアルトランスミッションが奢られている。フルサイズボディをまるでフォード・エスコート(Mk2)かフィアット131アバルトラリーかのようにカウンターステアを決めてコーナーを駆け抜けていく。

 

『ピンク・キャデラック(Pink Cadillac)』(1989)

長年、この映画の存在は知っていたが、何かのロードムービーだと勝手に思い込んでいたため、カーアクション映画だとは気付かなかった。なぜならば、あの'50sカーでカーチェイスを繰り広げるとは夢にも思わなかったからだ。私の個人的な見所は1959年型のキャデラックが追っ手のクルマに体当たりしながら爆走するシーンではない。クリント・イーストウッドが扮するのは逃亡犯を捕らえて当局に引き渡す賞金稼ぎ。彼の仕事クルマが映画の前半に登場する。おそらく1974年型のプリムス・サテライトで、完全にポリスカーの払い下げである。運転席とリアシートとの間はケージで仕切られており、スポットライトも付いたままである。いかにもポリスカーを艶消しの黒で塗っただけの外装に、左のフロントフェンダーだけサフェーサー吹きのままにしてあるところが完璧である。このクルマは追跡中の犯人に逆に奪われてしまう。追いかけるクリント・イーストウッドは屋根に飛び乗り、必死にしがみつきながら窓の外から犯人の運転を妨害する。記憶違いかも知れないが、確か『ダーティーハリー(Dirty Harry)』シリーズのどこかでもこんなシーンがあったような気がしてならない。クリント・イーストウッドはこの時60歳近く。「まだこんなことやってんのか」と定番シーンに大爆笑した。

 

 『ブリット』が公開されてから半世紀が経つ。紹介する側も限られた誌面の中で、興行的な成功も加味してセレクトしなければならないから大変だろう。紹介されていないものも沢山ある。トラッカーの映画『コンボイ(Convoy)』(1978)にも一部に確か1970年代前半のシボレー・ノバがトラックに吹っ飛ばされるシーンがあったし、もうどんな色のどんなクルマでどんなカーチェイスが繰り広げられていたか全く覚えていないが、『フリービーとビーン大乱戦(Freebie And the Bean)』(1974)、『シカゴ・コネクション/夢みて走れ(Running Scared)』(1986)、『サンダーボルト(Thunderbolt and Lightfoot)』(1974)、『新バニシング in 60 スピードトラップ(Speedtrap)』(1977)、 『爆走キャノンボールCannonball)』(1976)など、もう一度観てみたい映画が山ほどある。チャールズ・ブロンソン主演の『マジェスティック(Mr. Majestyk)』(1974)やバート・レイノルズの『レンタ・コップ(Rent-A-Cop)』には、カーチェイスシーンがあったのか。確かめる必要がある。カーチェイスではないが『グレートスタントマン(Hooper)』(1978)もアメ車ファンには絶対に観てほしい一作である。

 

コブラCobra)』

なぜかカーアクション映画の紹介記事で割愛されてしまうのが不思議なほど、バリバリのカーアクションムービーだ。刑事役のシルベスター・スタローンが犯人追跡用に使うのは、ライセンスプレートから判断して1950年型のマーキュリーである。チョップドトップを持つボディ全体のカスタマイズは「Lead Sled」風なのに、タイヤだけBF Goodrichのホワイトレターでヤル気満々である。グリルはオリジナルが保たれている反面、ボンネット上にエアスクープがついている。当時、「Kustom」と「Hot Rod」が混在したようなこのスタイルに違和感を覚えた記憶があるが、今改めて見るとなかなかカッコいいと思うのであった。コブラが追うのは1976年型~1979年型、丸目2灯のダッジ・アスペン/プリムス・ヴォラーレである。どちらのブランドなのか確かめる間も無く、フロントグリルが破壊されてしまうから、もうどっちだろうと構いやしない。コブラの相棒のゴンザレス刑事が仕事で使っているのが、これまたダッジ・アスペン/プリムス・ヴォラーレ。こちらは1980年型の最終モデル。やまぶき色の角目2灯だから、そのまま輸入して乗りたいくらいだ。犯人グループに命を狙われている目撃者を郊外の安全な場所に護送するシーンではゴンザレス刑事の自前のクルマと思わしきビッグマスタングコンバーチブルが登場する。「マッハ1」ではない大人しい顔つきのマスタングが動画で見られるぞ。

 

『バニシング in TURBO(Grand Theft Auto)』(1977)

 本当は『バニシング in 60』を借りたかったのだがビデオ屋さんに置かれていなかった。ニコラス・ケイジの『60セカンズ(Gone in Sixty Seconds)』(2000)のオリジナル作品でもあるし、カーチェイス映画史に残る一本なのだからあってもよさそうなのだが取り扱いされていない。まあ、あるものから観ていこう。

こういう原題であるとは知らなかった。「grand theft auto」とは「車両泥棒」という意味である。変な語順の英語だ。気になり調べてみたところ、アメリカの司法当局が使う法律用語らしい。「grand theft, auto」とも書くとのこと。有罪になれば大きなペナルティが課せられる「grand theft=重大な盗み」の「クルマ」版という解釈でよさそうだ。主人公は、父親のクルマを盗んで逃避行する。追う方も次々とクルマを盗み追跡に加わる。そうしたアイデアが題名になっている。ドタバタコメディだ。ファンの方には失礼だが、ストーリーはあって無いようなものだった。また、早回しが多用されているからシリアス派の人には不向きな映画だ。反対に『ブルース・ブラザーズ(The Blues Brothers)』のような映画が好きな人だったら楽しめるかも知れない。この作品の良いところは、登場するクルマがバラエティに富んでいること。メーカー問わず様々なアメリカ車が登場するだけでなく、すぐにポンコツにされてしまい勿体ない話だが、フィアットX1/9やポルシェ・カレラ(「ナロー・ポルシェ」と呼ばれるやつかな?)の走る勇姿が見られる。背景のクルマや事故に巻き込まれてしまうクルマの中には当時の日本車が結構出てくる。B級コメディにもかかわらず、主題曲が70年代のR&Bっぽい感じで不釣り合いなほどカッコいい。後で調べたらピーター・アイヴァースという白人ミュージシャンだった。以前に思っていたよりも面白い映画という印象が残った。

 

大都市にある余程大きなレンタルビデオ屋さんにでも行かない限り、30~40年前のB級のカークション映画/コップアクション映画を見つけることができないであろう。ネットショップで売られているものもあるけれども、一本数千円から数万円も出して買ってはいられない。ブックオフなどの店で中古のVHSやDVDを地道に探すほかに手はない。そんなことを考えながら年末に掃除をしていたらVHSの保管箱から気になっていた映画が出てきた。

 

『ランナウェイ(Thunder & Lightning)』(1977)

うる覚えだった黒い「Tri-Chevy」の車種がわかったのが嬉しい。おじいさんたちが作る「純」な密造酒を配達するのがデビッド・キャラダインの役柄。愛車は1957年型のシボレーでトリムパッケージから判断して「ベルエア」だろう。ずっと210か150の2ドアポストセダンと思い込んでいたから意外だった。コメディ映画ではあるが、ストーリーはきちんとしている。舞台は南部の田舎町。しかも相当なディープサウスだ。1973年型のシボレー・カプリスなどが登場するから、時代設定は公開された当時なのだが、おじいさんたちが乗るのは1930年代のピックアップトラックだし、南部の古い文化が垣間見られるシーンが出てくるのでいつの時代の話なのかと錯覚してしまうのが面白い。カーチェイスシーンはなかなか迫力がある。但し、時々、早回しされている部分が気になる。また、スタジオで撮ったと思わしき運転シーンも出てくる。横を向いて会話をしながらハンドルを左右に揺すっている様子を見ていて、『ドリフ大爆笑』の「もしもこんなタクシーがあったら」を思い出してしまった。それでもなお、ベルエアがその巨体を大きくロールさせながら、パトカーとのスピード感あるカーチェイスを繰り広げる。ベルエアがアスファルト敷きの幹線道路の向こうからやってきて、未舗装の横道に入っていくシーンがある。ハードブレーキングでフロントタイヤに荷重をかけながらしっかりと曲がり、その後ドリフトさせてコーナーを曲がっていく。単に街の交差点に派手な逆ハンで飛び込んでくるのとは違い、本物っぽいテクニックが印象に残った。

 

世の中には映画に登場するクルマに魅了されてしまう人たちが沢山いる。そんなカーアクション映画フリークたちに向けて、映画のシーンをそのまま切り取ったようなライフスタイルの新提案がある。

まず、クリント・イーストウッドそっくりのマネキン人形を作ってもらおう。次に、クリント・イーストウッドを屋根にしがみ付かせて、そのままの格好で屋根にボルトで固定する。ベース車は汚くてベコベコになってしまった四角いセダンであれば何でもよい。アメリカ車の調達が難しければ日本車で代用しても構わない。

これは1970~1980年代にかけて見られた、「陸(おか)サーファー」と同じと思っていただきたい。かつて若者たちは、ルーフキャリアにサーフボードを積んで六本木や青山、原宿あたりをクルージングしていた。サーフボードをクリント・イーストウッドに代えるだけだから違和感はゼロだ。どんな日でも常にサイドウィンドウを下げたままにして、妨害するハリーの手を払いながら運転をしなければならないという面倒臭ささえクリアできれば、今はSNSの時代、これはインパクト大だぞ。そんな「陸(おか)ハリー」の波はもうそこまでやってきているのかも知れない。そうそう、走行中にハリーの体の一部(あるいはハリー全体)がすっ飛んでしまったら事件になってしまうので、そうならないようワイヤーツイスターを使ってしっかりと固定しよう。大人の嗜みを大切にしたいものだ。