付加価値のない自動車会

~副題 クルマだらけの間違いづくし~

文系による文系のためのリバースエンジニアリング

何の制約もなく好きなクルマを所有できるのであれば、一つの組み合わせとして'77-'79のクライスラーコルドバ(角形縦目4灯、まあ丸目2灯でもいいけど)、'76-'77のシボレー・モンテカルロ(これも角形縦目4灯)、そして'77-'79のフォード・サンダーバード(隠しライト)の3台をガレージに並べたい。

しかし現実的にこれはあり得ない。でも趣味のクルマが欲しい。持とうとなると軽しかない。乗用車風情のクルマは既に1台あるから、同じようなものを2台持っていても意味がない。車中泊がしたいなどと色々考えているうちに軽のワンボックスカーに行き着いた。

狙うのは軽自動車の車両規格が変更される前(概ね1998年以前)のモデル。スタイルがいかにも'90年代のRV車っぽいし、ちょっと前だと恥ずかしかった当時のグラフィックデカールがなかなかいい感じになってきた。各社のモデルをネットで調べているうち、とんでもない化け物が突如として現れた。その名も三菱ブラボー・ルート66。これだ!これしかない!これが欲しい

三菱ブラボーの派生車であるルート66は1997年に発売されたらしい。1999年初頭のモデル末期まで販売されていたのか、途中でカタログ落ちをしてしまったのか。そもそも限定車だったのかよくわからない。どんなクルマかというと、1994年にフェイスリフトが施された2代目後期型がベースとなっている。本来三菱のスリーダイヤマークが鎮座するフロントパネルに、無理矢理メッキのどでかいフロントグリルがくっ付けられてしまったモデルである。リアのテールゲートの下部とリアバンパーとの間には、これまたメッキ調のリアガーニッシュが取り付けられ、何々風と言ったらよいのかわからないが、メッキのアルミホイールカルフォルニアミラーが奢られている。極めつけはボディサイドにでかでかと貼られた「Route 66」の文字だ。このグリルはダミーであるにもかかわらず、Y30かC32ローレルか、MS112クラウン・セダンにも負けないくらい立派なものである。それゆえに、元々のブラボーの面影は消え、おそらくヘッドライトも流用しているようだが、全く違う車種のように見えてしまうのである。三菱はブラボーに魔法をかけてしまった。

私は新車情報雑誌を全く読まないし、テレビもあまり観ない。欠かさず観るのはNHKの『バラエティー生活笑百科』くらいだ。これは録画している。だから、このクルマの存在を知らなかった。新車時から知っていればきっと目を付けていたであろう。相当な不人気車だったのか、ネットで検索しても数える程の情報しか出てこない。マニアックな人が写真をアップしてくれているのがせめてもの救いか。当時の情報もなければ、カタログを撮影したような画像もまるっきり無い。お世話になっている、茨城県つくば市のカタログ専門店「ノスタルヂ屋」さんにもカタログは入っていなかった。いったいぜんたいどのような意図をもって生まれてきたクルマなのだろうか。カタログが欲しいが見つからないし、カタログの写真も拝むことができない。カタログを手にするまで悶々とした日々を過ごすことになるのか。

いやちょっと待てよ。自動車メーカーで開発をしている人はベンツとかBMWを買ってきて、バラバラに分解していると聞いたことがある。中国の自動車メーカーは日本車をバラバラにして競争力の源泉を探ろうとしているのではないだろうか。彼らは「情報が無いからわかりませ~ん。やりませ~ん」などと言わぬはずだ。だったら文系のオレだって一丁やってやろうじゃねぇかっつーの。よーし、情報ゼロのところからバラバラにしてルート66のコンセプトを暴くぞ。

まずはネーミングだ。たった一案だけ考えられたということはないから、最終的に3~5案くらいは検討の遡上に載せられた筈だ。候補1案目は「三菱ブラボー・フリーダム」だったのではないか。これに対しては「いくらなんでも直球過ぎるな」「商標とれるのか?」という声が上がったに違いない。続いての案は「三菱ブラボー・グランドキャニオン」である。「軽自動車に乗っていることを忘れてしまうような室内空間の広さも訴求できます」とは担当者の弁。然るべき人達からは、「う~ん、いいんだけどちょっとトラックを連想させてしまうかな」との意見が寄せられたかもしれない。中には「次期型のキャンターに使えるかも」といった調子のよいことを言う人も。「三菱ブラボー・ルート66」を聞いた途端「これは情緒的だ」と満場一致でゴーサインが出てのであろう。

このネーミングが出てきたからには、背景のコンセプトを導き出す必要がある。これにも2つないし3つくらいの案が最終的に残されたはずだ。まず提示されたのは「ノスタルジック アドベンチャー」という「古き良き時代を大切にしながら、新しいことに積極的にチャレンジする」考え方を表現したコンセプト案。然るべき人々は「RVっぽいイメージが強過ぎるのでは?」という疑問を呈したことだろう。二つ目は「アーバン in カントリー」である。「元々のブラボーがこれに近いよね」という人の意見でボツ案に。追い込まれた担当者が放った渾身の一撃が「ザ・フリーライダー」だった。海外現地法人のトップを歴任してきた然るべき人からは「英語では『タダ乗りって』意味になっちゃうよ」という意見が寄せられたが、担当チーム連中は「いえ、『自由』な『イージーライダー』です」「しかもこれは国内限定車ですから」と押し切ったことにしよう。「あっそうか」となったのだと信じたい。「ところでターゲットはどういう人たちなんだ」との問いに対し、「時代に流されない、自分の価値観を持った人(まあ、あらゆる製品にあてはまりそうだが)」との説明がなされた。「素晴らしい仕事をしたぞ君達は」と褒められたかどうかは知る由もない。

う~ん、しかしここまで来ても、なぜこのクルマが生まれたのか一向に謎のままだ。当時はどのようなクルマが世に出てきたのだろうと調べてみることにした。もしかしたら、「USカスタム」バージョンの一つとして作られたのではないかと推理した。二玄社さんの別冊CG『自動車アーカイブ 90年代の日本車篇』のVol. 18①とVol. 19②(どちらも2009年)を読んでみてわかったことは、それらのモデルが充実してくるのは大体1998~1999年頃からでありルート66以降である。ネコ・パブリッシングさんの『デイトナ』2008年10月号増刊『The 90's Car Catalogue』に「クラシックな装いを身に纏ったKカー」というページがあったのを思い出した。ここには「レトロ軽」というジャンルのクルマ達が誌面を飾っている。これによると、「レトロ軽」にも幾つか異なる趣というかモチーフが存在しているらしい。ブームの火付け役となったスバル・ヴィヴィオ・ビストロや後に続いたダイハツ・ミラ・クラシックなどは「英国風」のテイストのようである。スズキ・セルボモード・クラシックも「英国風」なのかもしれない。それに対し、ダイハツ・オプティ・クラシックは「イタリアン」である。これは何となく私でもイメージできる。軽ではないが、日産のマーチ・タンゴやボレロもラテン系だ。

私はここでビビっと来た。待てよ。アメリカ風のレトロテイストが空白地帯だぞ。オリジナルのブラボーのクリーンで洗練されたデザインからは、現代的なヨーロピアンテイストを感じる。レトロ調の派生車を作ろうということになったとしても、スバル・サンバー・ディアスクラッシックとは異なるテイストを与えないと二番煎じに陥りかねない。そこで三菱は間隙を突いた形でアメリカンクラシックに活路を見いだしたのかも知れない。

当たっているか外れているかは、いつかカタログを手にした時に答え合わせをしてみるつもりだ。今回はコンセプトをリバースエンジニアリングしてみた。理論上、同じ発想で物事を辿っていけば同じものができるということだから、またいつか遠い将来にルート66のようなクルマにお目にかかれるのである。素晴らしいじゃないか。

もしも私が生まれ変わりカーデザイナーあるいはグラフィックデザイナーになれたなら、117クーペのボンネットに貼るデカールを描いてみたい。スバル・サンバー・ディアスクラシックのステンレスフロントバイザーをデザインしてみたい。間違っても「一目で見て○○ブランドとわかるデザイン」のような時代に降りることだけは御免蒙りたい。ただその時代時代に合ったカッコイイものをやりたいのだ。

商業的に成功したかどうかはともかく、一生懸命考えられ生まれて来たクルマとそれを作った人たちに敬意を払いたい。三菱ブラボー・ルート66を手にいれることができたとしても、普段着で乗るのは失礼に当たる。私はイーブル・クニーブルのコスチュームを誂えるだろう。