付加価値のない自動車会

~副題 クルマだらけの間違いづくし~

産休補助教員 鈴木先生

数年前、東京の江東区清澄白河あたりを走っていた時のことだった。信号待ちをしていると黄緑色が鮮やかなフィアットX1/9が横に並んだ。おそらくレストアしてあるのだろう。コンディションは抜群。今こうして大人になってから眺めてみると、惚れ惚れするほどの美しいスタイリングだ。

当時はスーパーカーブーム。フェラーリ・ベルリネッタボクサーとランボルギーニカウンタックの東西両横綱を筆頭に、マセラティ・ボーラ、ポルシェ930ターボ(本当の名前は「911」なんだけど、「930」というのはナントカという話は知らない)、デ・トマソ・パンテーラなど、とにかく大排気量、ハイパワーのスーパーカーが子供たちの憧れだったから、時々見かける「ワーゲンポルシェ」やフィアットX1/9などは霞んで見えていたのかも知れない。それにしても、こんないい加減な呼び方をしていると、いつかマニアの方に怒られるだろう。

「総排気量3,929cc、全高1メートル7センチ」と今でも暗記が消えないほど、一生懸命スーパーカーについて覚えていた小学校4年生のある日、ボクのクラスに産休補助教師の鈴木先生がやってきた。先生はちょうど松鶴家千とせ(しょかくやちとせ)をハンサムにした感じの押しの強そうな男性。といっても今の人には「わかんねぇだろうなぁ」とお約束どおりの展開。先生はクルマ通勤しており、その愛車は白いS30型フェアレディZ-Lだった。ただのZではない。なんと、銀だったか金だったかはっきりと覚えていないが、メッシュのアルミにリアスポイラー、鼻先には「Gノーズ」が付けられていた。

先生とはすぐに意気投合。小学4年生の鼻タレに「先生のクルマ『Gノーズ』が付いてる」と言われて嬉しかったのかビックリしたのかわからないが、先生と男のクルマ談義に花が咲き、とても可愛がってくれた。お腹が痛くて歩いて帰れないといっては、先生がZで家まで送り届けてくれた。助手席の足元にはラリーのコ・ドライバー用のフットレストバーがあったような気がする。届かない足を必死に伸ばした。

夏のある日曜日、先生がクラスの男の子4人を実家がある鎌倉に連れていってくれた。集合場所にやってきたのは、先生がお父さんから借りてきた610ブルーバード・ハードトップ2000GT-X。「うわー、ロングノーズだ。L20だ。ポンティアックGTOみたいだ」とはしゃいだ。先生の実家は海の目の前。眼下に国道134号が走る。『稲村ジェーン』のロケーションそのものだった。

正規の先生が復職し、鈴木先生は去っていった。駐車場にZの姿は無い。スターが消えた後、却ってスバル360が目に付いた。その頃の少年にはポジティブキャンバーが許せなかった。

数年が経ち友達とスーパーカーライトの自転車で先生のアパートを訪ねると、駐車場にあの白いZは無く、代わりに青いフィアットX1/9が置かれていたのだ。僅かな間であったが、スポーツカーを通じて、チューニングマシンを通じて、教師と小さな子供店長との間には、立場を越えたcar guy同士の絆があった。産休補助教鈴木先生の青いX1/9。私はこの1枚のポートレイトを今でも大切に持っている。だが、どこに仕舞ってあるのか、丸っきり思い出すことができない。